2009年09月14日

どこでも、やっている!

  先日、千葉県で官民ぐるみの不正支出が発覚した。報道を見るとやりたい放題である。やり口は一見巧妙にみえるがとても古典的なやり口で、官から発してやがて民にお手伝いを頼み、それが普遍的になり伝統化したのであろう。
  県庁に勤めるそれなりにお堅い人たちが恒常的にやっていたことで、盗人である。泥棒で公文書偽造で着服で詐欺行為だ。いやしくも公務員のすることであろうか。このような事件は昔からよく聞いた話だが、今のご時世のように官が襟を正さなければいけない時に何をやっているのであろうか。腹立たしいことこの上ない。県知事が頭を下げればよい問題だけでは済まされない。前堂本知事からも責任をとって貰うらしいが、県幹部はそれなりの責任を取って貰いたいものである。退職金を自主返納くらいは当たり前で、完全に膿を無くすまで、もう絶対に関わらないと思うまで処分をして欲しいものである。
  もともとは昼飯の食費浮かし位のものが、だんだん大胆になり金額も大きくなり、県職員の特権くらいに思えてきたのであろうか、元は税金である。こんなことだから公務員の削減が叫ばれてくるのだ。自分の首を自分で絞めている。今回などは県庁丸ごとだから、事は重大だ。
  千葉県は以前からお金にまつわることが多かった。中選挙区時代から何億円を選挙に使ったとか、何億円だと落選したとかよく報道されていた。首都圏から近いから利権やお金が飛び交ったのであろう。こんなことが他の県でも摘発されないことを願うばかりである。
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2009年09月09日

未だに「核の傘」なんて

  人間は成長しない動物であると、つくづくそう思う。そう言えば大昔に「博士の異常な愛情」というブラックコメディーの映画があった。最初はTVで観たのだが、やがて映画館で観た。もう凄い映画で熱狂的になった想い出があった。
  米ソが核競争に明け暮れていて、最終兵器としてソ連が開発したのが皆殺し兵器という地球上の生物を死滅さすことのできる爆弾だった。もし核攻撃をされたら即それが自動的に爆発するようになっている。しかし米国は狂った将軍がソ連への核攻撃命令を出してしまう。間違いだと攻撃機に伝えるが、一機だけ連絡がつかない。とうとう核攻撃をしてしまうのである。ラストに地球上で爆発したの核爆弾が映し出される。そして映画は終わるのだが、それは凄い映画だった。こんな作品が作られているとは絶句したものである。スタンリー・キューブリックとは凄い監督だと思ったものだ。いまから45年も前に製作された映画だが、未だに通用する内容をもっている。言わばボタン戦争だが、現実にはそんなことは無いだろうが、しかし核の傘理論は立派に通用する。核による抑止論がまかり通っている。
  映画でソ連の大使がいみじくも「我が国は国民は生活に苦しんでいる。お金をかけることができない。だからこんな兵器を開発した」という。「そんな話は聞いていない」「いや近日公開する予定であった」ともう無茶苦茶である。究極の抑止論であるが、一人のいや多くの狂った人たちのせいで地球は終わってしまうのである。
  核抑止とは所詮そんなものである。狂った理論としか考えられない。ちょっと前に自民党は米国に対し軍事を強化するようにお願いをしていた。本当に信じられない思考である。そんな政党を長年政権政党として担当させてきたのである。我々の責任は大きい。
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2009年09月07日

はや一週間過ぎた

  日本人はせっかちである。ご多分にもれず私もそうである。総選挙が終わり、もう一週間たった。首班指名に案外時間が掛かるものである。来週あたりらしいが、それまで結構長い。 今の関心事は誰が大臣になるかとか、何処に配置をするかに移っている。そして民主党内でも小沢vs鳩山の権力闘争を期待しての報道劇だ。しかしこれはあくまで対立を期待しての野次馬根性だ。見ていてなかなか面白いが、どうでもよくなってくる。いつの世もこの繰り返しだ。
  しかし、そんなことをしている暇はないはずだ。その間にも世の中はめまぐるしく動いている。そして問題が山積している。新しい内閣はこれまでのツケや膿を洗い出さなければいけない。上手く事を運ばないとそれからが大変だ。自民党はこれまで行政は官僚任せにしてきた、官僚主導の政治だ。このことが我々には頭にくる。官僚を終えたら税金を訳の判らぬ団体に湯水の如く費やし、退職金を貰っている。一般国民はそんな事許せぬ気持ちでいっぱいだ。
   国はそんなものにお金を突っ込むけど、母子家庭に対して、障害者に対してわずかなお金もカットしてきた。日々生活は営まれ、生きて行くにお金は必要である。何とか早くそれらを復活して欲しいものである。これから出来る内閣はまず最初に弱い立場の人たちを救うような政策をして貰いたい。生活は待ったなしである。 そして我々のせっかちにならないで、せっかく自公政治を終わらせたのだからじっくり見守って行かねばならないと思う。またマスコミもこれまで行った自公政治をもう一度総括をして欲しい。このような政治はまっぴらごめんである。そして民主党の内紛を煽る報道ばかりしないで、三文記事はやめて真の報道姿勢を見せて欲しいものである。
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2009年09月05日

そんなに怖いのか

  昨日、お客さんに今度の選挙結果について尋ねてみた。そして概ね、自公政治が悪いからこうなったという意見が多かった。しかし皆、財源について懐疑的だったが、全て期待をしているようでもなかった。私は、軍事予算を削ったらどうですか?と尋ねると、明快な答えはなかった。どうも軍事予算は聖域扱いになっているようだ。それとも軍事予算削減など思いもつかないのか、削減などもっての外なのか。
  これについては色んな意見がある。予算の多い、少ない、GNPの1%問題や相手国の問題や様々である。中には核武装をしようとする意見もある。こうなると問題外である。しかし一般国民はどうなんだろう。そんなに軍事予算を削減するのが怖いのか、どうなのだろうか。
  仮想敵国は以前はソビエトであった。それも無理やりアメリカから押し付けられたものである。ソビエトは確かにある意味では危険な国であったが、こんな島国を侵略するとは考えられなかった。今は中国、北朝鮮だという。確かに北朝鮮は何をするか判らない不気味さはあるが、日本海を越えて軍隊を進めるだけの力はない。ミサイルを飛ばす力は持っているが、せいぜいデモンストレーションが関の山だ。中国だってあんなに日本企業が進出し、日本に中国製品が溢れかえっているのに侵略などするわけがない。つまり国民は要らぬ幻想と流言に侵されているだけの話である。それもそれを流すのは今までの政府であった。非核三原則をとうの昔から踏みにじり、嘘ばっかり国民をだまし、国民を恐怖に陥れるとんでもない国である。国民はそれに直ぐ乗り、同調する。
  要はいらぬ予算である。全く要らぬとは言わぬ。自国を守るのも必要であろう。しかしそれは軍隊ではなく、文民だということだと思う。外交努力や粘り強い政策が軍事より勝るのは歴史が証明している。
  そろそろ軍備に頼らない国になっても良いのではないかと思う。憲法第9条をもっと前面に出すべきだ。世の中そんなに怖い国はないと思う。怖いのは怖いと思わす輩である。
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2009年09月04日

金の切れ目が縁の切れ目?!

  圧力団体の医師会が、自民党に献金の金額を減額するという。そりゃ衆議院の議席が100ちょっとになれば仕方ないか・・・。これまで通り自民を応援してみたところで何にも得るものがないと言うことか。あっさりしたものだ、所詮、お金でつながった組織はそんなものだ。医師会という組織がよく判る。
  自分たちに都合の良いものは応援するが、そうでないものには目もくれない。医師というのもはそんなものかと、今更ながら変な認識をしてしまう。昔は医は仁術だった。「赤ひげ」という黒沢明監督の誠に立派な映画があったが、医師とはかくありたいものである。それが何だ、お金で自分たちの好きなような政策を要求する。民主もこのような紐付きにならないことだ。献金で国民の命を売るようなことは止めて欲しい。それも今の民主は無理な注文か!?
  今度、幹事長になった小沢さんも、まだ西松建設のヤミ献金問題もカタがついていない。党首の鳩山さんだって個人献金もそのままだ。ほいほいとお金を貰うようじゃ、自民の二の舞だ。もっと襟を正して、己を律して政治に当たって欲しい。でもやっぱり無理な注文か・・・・。
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2009年09月02日

始まりのはじまり

  もう随分前の話だが、私が銀山町で今の仕事をしているとき、時々見えられるお客さんがいた。その方は小泉内閣になって良くなると言っていた。私はそんなことはないと言ったのだが、話は平行線だった。色んな事例を上げて話したのだが、意見は違ったままだった。それから4年後の今、その人はここには来ることはないだろうが、この結果をどう捉えているのだろうか。
  小泉内閣から3人の首相がなったが、その弊害に3人とも泣かされ続けた。結局3人とも1年ともたない短命内閣で終わってしまった。小泉内閣の弊害に翻弄され、国民をないがしろにした政治が変革を求めたのだろう。しかし今度出来る内閣(まだ出来てもないが)自公政治の反省に経ってこれからの政治をしてくれるのかが、本当の改革であろう。
  日本のパートナーであるアメリカも変わりつつある。結局は日米軍事同盟が多くの弊害を産んでいることも民主は認めなくてはいけないと思う。ここだけが聖域にされては、やはり真の意味の日本の独立とはならないではないか。
  よく米軍が日本を守っている意見があるが、果たしてそうなのだろうか。確かに国土に米軍基地がある。多くの米軍が駐留して軍用機は余るだけ配備し、空母をはじめ原潜も日本近海に配備されている。それが日本を守ることになるのだろうか。言わば核の傘の論理と一緒で、無言の圧力と言うわけだが、そんな無駄と兵器で国土を守るとは到底思えない。それには相手というか攻めてくる敵が必要だが、そんな国世界中どこを見渡してもありはしない。北朝鮮という人もいるかも知れないが、たぶん世界でも兵器は下のほうにランク付けされるであろう。だから彼らは核兵器を持とうとしている。それはとても危険なことだが、日本もそれに併せて同じ土俵に上がることはない。日本は人類史上初めて核の攻撃を受けて今なお苦しんでいる国だからである。
  世界に確たる憲法第9条を持ち、評価もされている。むしろ軍事同盟が日本を危うくしていることに早く気づくべきだ。資源のない日本を攻めてくる国など有りはしない。多くの軍備は張り子の虎で大方は無駄になっている。あれだけあった核兵器も削減に向かっている。維持するだけでどれだけの経費が掛かるのであろうか。それこそ無駄な極地であった。一度も使われることもなく(使われたら最後だが)廃棄される。核の傘の理論でどれだけの人が犠牲になったのであろうか。
  日本は平和で世界をリードする使命がある。民主党の中には改憲論者(第九条だが)も多くいるし、核武装をしろと言う輩もいる。国内では日本政治を良くする方向に進めてほしいが、民主党はこの軍事同盟にも目を向けて欲しい。国民も無用で危険な改憲論や軍事同盟に正面から受け止める必要があると思う。これから岩国に軍備再編配置が待っている。
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