2009年09月09日

未だに「核の傘」なんて

  人間は成長しない動物であると、つくづくそう思う。そう言えば大昔に「博士の異常な愛情」というブラックコメディーの映画があった。最初はTVで観たのだが、やがて映画館で観た。もう凄い映画で熱狂的になった想い出があった。
  米ソが核競争に明け暮れていて、最終兵器としてソ連が開発したのが皆殺し兵器という地球上の生物を死滅さすことのできる爆弾だった。もし核攻撃をされたら即それが自動的に爆発するようになっている。しかし米国は狂った将軍がソ連への核攻撃命令を出してしまう。間違いだと攻撃機に伝えるが、一機だけ連絡がつかない。とうとう核攻撃をしてしまうのである。ラストに地球上で爆発したの核爆弾が映し出される。そして映画は終わるのだが、それは凄い映画だった。こんな作品が作られているとは絶句したものである。スタンリー・キューブリックとは凄い監督だと思ったものだ。いまから45年も前に製作された映画だが、未だに通用する内容をもっている。言わばボタン戦争だが、現実にはそんなことは無いだろうが、しかし核の傘理論は立派に通用する。核による抑止論がまかり通っている。
  映画でソ連の大使がいみじくも「我が国は国民は生活に苦しんでいる。お金をかけることができない。だからこんな兵器を開発した」という。「そんな話は聞いていない」「いや近日公開する予定であった」ともう無茶苦茶である。究極の抑止論であるが、一人のいや多くの狂った人たちのせいで地球は終わってしまうのである。
  核抑止とは所詮そんなものである。狂った理論としか考えられない。ちょっと前に自民党は米国に対し軍事を強化するようにお願いをしていた。本当に信じられない思考である。そんな政党を長年政権政党として担当させてきたのである。我々の責任は大きい。
posted by ぐんぐん at 07:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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