2009年10月30日

予算案が難産だ

  臨時国会で、各党代表質問がされているが、やはり赤字国債はいただけない。マニフェスト通りにいくと40兆円も債務超過らしい。これからどれだけ何を削減するかが問題だろうが、国民中心の政治は貫いて欲しい。しかし性急なものとそうでないものとに分けるべきだろうが、これまで自民党政治がいい加減な政治を続けた膿はそう簡単には出せない、というのが現状だろう。想像以上に困難だ伴っている。
  日本国中が利権と制約でがんじがらめにされて荒療治が必要だが、それもため息が出るくらいの作業だ。ヨーロッパの国々も様々な困難からようやく抜け出しつつあるように、大変な作業をして今に至っている。日本もまだ緒についたばかりだ、頑張って欲しい。しかし悪いところは悪いと言わなければならない。
  A紙を読んでいると、自民党議員が臨時国会で「最低賃金」「製造業の労働者派遣禁止」について、「企業の国際競争力をそぎ、産業の空洞化を加速する」と言ったと書かれてあった。そして法人税も軽減すべきと言ったそうだ。自民党はまだ反省も何もしてはいない、今を招いた過程と結果をどう思っているのだろうか。またこんなことも書かれてあった。ヨーロッパに進出した企業は現地では派遣労働者と正社員の均等待遇のルールに従っていると。これは何を意味するのだろうか。ヨーロッパの国々はちゃんと国際的にも競争力を身につけ当たり前の利益を得ている。しかし日本は無茶苦茶な働かせかたで暴利を得ている。日本の国益や労働者のことなど二の次だ。儲かりさえすればどうでも良いと思っている。企業は社会においてどのような責任があるかをちゃんと肝に銘じるべきだ。過剰な安売りや儲けは多くの人を泣かしていることを忘れないで欲しい。そのことを今自民党は考えるべきだ。
  この発言のように、今でも自民党は国民のことなど何も判ってはいない。視線は大企業に向いている。やはり次の参議院選でも大敗するであろう。でもそれも民主政権のこれからにかかっている。
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2009年10月28日

何のための判決か!

  沖縄市の泡瀬干潟の埋め立て事業で公金差し止め判決で、市は上告しないとしているが、第一期工事は事業を推進するという。どうやら人口島を作って対応するようだ。前原大臣は1期、2期とも中止を表明しているが、沖縄市は無視して工事を進めるらしい。国際的にもこの工事自体がラムサール条約に違反するのではないかと思うのだが、日本という国はよほど開発がお好きらしい。
  私が幼い頃はあちこちに干潟があった。生まれ育った安芸津の海は潮が引いたらアマモがかなり沖まで続き、大概の生物はそこにいたものだ。タツノオトシゴを捕まえたり、ワタリガニやシャコも沢山捕れた。中にはカブトガニも生息していた。カブトガニなどは何故か知らないが、海岸端につるされていた。今思えば天然記念物をよくそんなことを出来ていたもんだと思う。それほど故郷の海は豊かであった。
  でもそんな条約があるに関わらず、沖縄では埋め立てを推進する。観光ホテルなど誘致する予定らしいが、今時自然を壊して何が観光だと思う。そんなことをしていると潮の流れが変わり、残そうとしている残った干潟までダメになってしまう。長崎の諫早湾の埋め立てでも、周りの環境も大きく変化して甚大な漁業被害が報告されている。ここでもそうならないとは限らない。裁判をどう判断いるのだろうか。公金を差し止められたと言うことは事業自体をことに通ずる。修正を加えるのではなく、元の自然に帰すことが求められているのだろう。
  私の長女夫妻は沖縄の離島で暮らしているが、その沖縄から来られた人が「ここは美しい」とみんな驚いている。確かに沖縄は開発が進み大きく変貌している。国から降りるお金が沖縄を変えている。もっと違う形でお金を使われないかと思う。これ以上自然を壊さないで欲しいものだ。
 ちなみに我が故郷の海は埋め立てられ、牡蠣打ち場が出来、護岸がコンクリートで固められ干潟は消滅した。

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2009年10月25日

広島県知事選

  期日前投票に妻と、私の両親とで行ってきた。私たちは投票日の8日には広島市内で仕事があるので、早めに済ませてきた。両親はいつも私たちと一緒に車で行っているので、今度も一緒に行ってもらった。と言うのも私の親父が足が悪いので、妻が一緒に行こうと言ってくれたのである。勿論両親も喜んでいた。
  しかし車の中で誰に入れていいのか判らないと母親は言っていた。そうなんです、今回もですが、広島県知事選はまるで盛り上がっていません。困ったものです。広島はご多分にもれず問題山積です。保守県政が戦後からずーっと続き、国の言いなりに県を運営してきたツケが溜まりに溜まっています。マツダという大企業がありながら、その恩恵を県民は受けてはいません。むしろ振り回されツケを払っているようです。
  平成の大合併も広島県は率先してやりました。それにより地方自治は失われ、自治機能も薄まり何だか人ごとのようです。広島県民の事なかれ主義と、まあまあという変に物わかりが良さそうな悪いところばかりが目立つような気がします。勉強もスポーツも全国でも情けない位置にいます。何かなに一つ誇れるところがない県に成り下がったようです。
  もっと暮らしやすい、県民が明るく生き生きとした、何か誇れる県になって欲しいと思い、私は日曜日の夜に投票に行きました。本当に頼みますよ、次の県知事さん。
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2009年10月20日

何だかなぁ!

  楽天が第2ステージに進出した。両試合とも完勝と言っていいほど、見事な勝ちっぷりであった。その試合後に野村監督が挨拶をした。内容はファンへの感謝と自身の契約問題であった。野村監督らしい上手い挨拶だったが、私はどうも契約問題をそこに出すのが気に食わなかった。正式にコメントを出すのは構わないが、ファンを味方につけて球団への当てつけもはなはだしいと思った。
  私は昔から野村監督が気にくわないが、ことここに至っての野村監督の言動にはますます面白くないと思っている。およそスポーツの監督、選手らしくない態度である。そりゃ初の2位に育て上げた力量には敬服に値するが、世の中には勇退という言葉もある。いくら引退する年に優秀な成績を収めても、惜しまれながらの引退もあるのである。チーム力を引き上げてCSに進出しても立派な花道が出来たではないか、それで何でごねるのかと思う。
  しかし球団にも問題がある。球団が創設した1年目で惨憺たる成績だった、田尾監督を1年で首を切った。田尾監督も無念であったであろう。でも1年で首を切るとは考えられない球団の対応だった。今回の野村監督の対応も全くヘタである。ファンは2位になったのだから留任だろうと思うのも当然だが、契約はとても大切なものだと思う。2位になったのだから、立派な勇退の花道が整った。野村監督も首だとか、対応が悪いとかいちいちいちゃもんをつけることではないのではないか。人間が出来てないというか、全く大人げないことだと思う。
  選手時代から、勝つためには何でもするという態度はスポーツとは縁遠い態度であった。南海の監督時代の解任でも、鶴岡のせいだと責任を人に押しつけた。あの頃とちっとも変わってはいない。プロだから勝利至上主義も判らぬでもないが、長嶋や王監督のようにはなれないのも頷ける。彼らのように清々しさが野村監督には微塵も感じられないのである。前広島のブラウン監督が次期監督にとりざたされているが、ベースを投げたり、来シーズンは最下位だとか、およそ大人げない言動である。やはり彼は超一流にはなれない人間であると言える。
  昔、サラリーマンがなりたい上司の1位に選ばれたことがあるが、長嶋や王にはなれないが、野村ならなれると思うたのだろう。何故ならある意味彼はとても人間的だからである。世のサラリーマン達は頑張ったら野村のような仕事は出来そうな気がしたのだろう。彼のように野球を的確に分析して理屈をつけて仕事は自分にも出来ると思ったのだろう。確かに私もそう思う。しかし長嶋や王のようなカリスマ性は誰でも真似は出来ない。せめて野村のようにはなれると思ったのだろう。
  でも今回のような愚痴やぼやきはいただけない。あの年になって何の執着かは判らないが、ある意味たいしたものである。
posted by ぐんぐん at 08:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

赤字国債発行か・・・

  鳩山内閣が船出して1ヶ月、独自色を出そうと一生懸命だ。とにかく政治主導を貫こうとそれなりに頑張っている。巷でも内閣がやることが初めてというか、これまでのやり方とは違うので、よく判らないというのが本音であろう。見た目でも自分たちの考えを推し進めようとしているのは判る、国民はそれなりに評価しても良いと思っているのではないか。
  しかし、自分たちが出したマニフェストに振り回され過ぎているのではないかと心配する向きがある。私もそう思う。これまでの保守党政治の60年は一朝一夕に変われるものではない。それなりの抵抗もあろうし、揚げ足をとろうとするであろう。今の鳩山内閣をみていると、事を性急にしすぎて危うい。高校の無料化は大賛成だが、段階を踏んでやれば良い。何も来年度からしなくても良いのではないかと思う。子ども手当だもいっぺんに月2万6千円も出さなくてもよいのではないか。以前も書いたが、各家庭にお金の支給ではなく、学校への支払いをしないようにすれば事は済む。自分たちの出したマニフェストを推し進めようとするのは判るが、赤字国債を出してまでやろうとするのは困りものである。結局それのツケは国民に跳ね返ってくる。赤字国債は究極の無駄の一つではないか。無駄とは言い過ぎだが、これまで改悪、改悪の失政続きで国民は待つことには慣れている。急がずに事を進めて欲しい。
  日本が良くなるには少しの犠牲は必要だが、それは国民だけではなく、これまで保護されつづけた大企業も責任を負うべきだ。民主党の政策をみていると、そこには全く触れてはいない。日本の改革は財界との癒着をなくし、対等な立場で経済を構築するべきだと思う。子育てもとても大事だが、それと同時に経済の大元を新ためるべきではないか。
posted by ぐんぐん at 06:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

オリンピック開催には疑問

  突然降って湧いたような広島・長崎オリンピック共催のお話、判らぬでもないが、どうだかなと思う。オリンピックと言えばサッカーのワールドカップと同じく世界中が観る競技だ。あまりにも規模がでかすぎるような気がする。この2都市では荷が重すぎる。40年前の東京オリンピックとは規模がまるで違う。長崎は知らないが、広島でそのような競技施設はないし、作るにしてもそんな場所があるのか?例え確保出来たとしても、アクセス、宿泊施設のことやその後の競技場の事などこれからの事や後始末など問題が山積していると思う。それはクリヤ出来る問題としても広島と長崎あまりにも地理的に問題がある。
  平和でないとスポーツは出来ないし、スポーツは人種など関係なく共通のルールで闘う人類のみが持ちうる偉大な存在であることは判る。平和問題とオリンピックは切っても切れない関係ではあるが、もっと違った対応というか、形があるのではないかと思う。以前ワールドカップでも日韓共催という異例な形で成功させたが、それは日本全国規模で行った共催だった。
  広島に住んでいるので広島のことは少しは判るつもりだが、広島市はもっとすることが沢山あるのではないか。広島・長崎は平和都市宣言をしているが、核廃絶にはもっと別な形で世界にメッセージを発信したり貢献することはあるのでないかと思う。
  オリンピックは巨額なお金が必要だし、実際誘致する前哨戦でも東京は150億円も使った。そんなお金を掛けるなら直接的に核廃絶に使うべきだ。私なら1個の核を無くすのにどれだけ経費がいるかは知らないが、世界中の核を無くす為にお金を使う。どれだけ人類や核保有国が無駄と愚かな行為をしてきたかたを思い知ることでも、世界中のお金をカンパでもよい、かき集めて核を買うのである。オリンピックに使うよりその方が直接的でよっぽど為になる。ちょっと飛躍して考えかもしれないが、あのオリンピックのバカ騒ぎは広島には似合わないとも思う。もっと静に地道な活動を求めたい。
posted by ぐんぐん at 07:33| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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