2009年10月03日

鞆の浦埋め立て認めず

  鞆の浦は昔一度訪れた事がある。いつもの仲間と一泊ミニ旅行をした。阿伏兎観音に行き、山越えをして鞆の浦に着いた。鞆の町に入ると確かに道は狭くて離合など大変だった想い出がある。しかし、やはり鞆の町はとても風情があり懐かしさを感じる場所だった。車を停めて狭い町を散策した。寺があちらこちらにあり、おみくじをひいたり、願い事を書いたり、人一人通れる狭い道をぶらぶら歩いたり、写真でよく見る対潮楼に上がり込み、ごろんと寝たりした。そこは中学生の時音楽で宮城道雄の「春の海」の舞台になった場所と学んだ。それはそれは風が吹き抜けてとても気持ちが良かったことを覚えている。たぶんたった3時間ぐらいの滞在だが、とても強烈に印象に残っている。
  昔の港町などはみんなあんな感じなのだろうなと思った。その後近隣の港町を尋ねたが、やはり鞆の浦が一番その雰囲気が残っていたと思う。その鞆が随分前から揺れ動いているのは知っていた。そしてこの判決だった。
  私的にはやはり埋め立て架橋は反対だ。やはりこの景観で世間に知られ、また収入も得ている人も多かろう。いくら景観に配慮しても近代的な橋が架かれば全く違った景観になるだろう。確かに道路事情は全くと言ってよいほど悪いがそれは町内の一部だけである。救急車両が入らないとか、渋滞が酷いとかあるが、それはやり方で何とでもなる問題であろう。下水道などは架橋とは別問題だし、迂回路は山側にある。問題は中心部の一部をどうにかすればよいのである。今時そんな問題は世間に山ほどあるが、色んな知恵を出して解決をしている。ついこの間まで、考えもしなかった車の共有などもう都会では当たり前の世界になっているし、町内の循環バスなどあちこちに運行している。鞆でも一部の地域は不便であろうが一般車両は乗り入れ廃止にしたり、時間によって一方通行にするとか、町内にはミニバスを運行させればよいではないか。そりゃある程度の不便はあるだろうが、不便と便利は必ず共有すべきである。便利さばかり追い続けると待っているのはろくでもない結果だ。
  20年以上前に計画された埋め立て架橋だが、時代はその頃と違っているはずである。不便さを武器にした開発は出来ないのであろうか。知恵をもっと出して欲しいものである。宮島もそんな感じの町並みだが、抜け道や小さな車などを利用して対処している。もっと橋ありきではなく歴史ある町を変わらずに開発してもらいたいものである。開発とは決して新しい物を作ることではなく、古きものの発見と新しいものと古きものの融合だと思う。そういった意味で画期的な判決だと言える。
posted by ぐんぐん at 06:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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