2009年09月27日

「核なき世界」

  国連で「核なき世界」の安保理決議が全会一致で採択された。何という素晴らしき出来事であろうか。2年前では考えられなかったことだ。
  しかし色んな論説を読んでいると、核のない世界はどのような世界なのかが、どうも想像できないようだ。ある論説では核がないというのは第2次世界大戦以前の武力に戻ることだと書かれてあった。この核のないと言うことは武器の優劣を競うことではないはずだ。武器の究極である核兵器がどれだけ危険で、人類に害を与え、また滅ぼすものであるか、それをちゃんと認識すべきである。それは兵器としての価値ではなく、それに乗かっている「核抑止論」や「核の傘」など人類の存亡にかかる問題だと思う。それは取りも直さず、戦争、紛争の回避、無くすることを意味するのだと思う。単なる核軍縮、不拡散、だけを論ずるのではなく、愚かな兵器を開発、維持することの愚かさ、浪費を無くすることだと言える。
  世界中に2万3000発の核弾頭があるという。どれだけ人類を殺せばよいのか、それは人類を幾度殺しても余りある。核を無くするという意味は、地球上から戦争を無くするということだ。戦争を回避するのは核ではなく、人類の知恵だと言える。愚かな抑止論や傘で戦争は回避しているのではない。核があるからそういう理論が成り立つと思うのである。人の殺し合いを核は無くしてはくれない。実際今使用しているのは核ではない兵器だが、21世紀にも経ってまだそんな愚かな行為を続けている。そんな経験は日本は太平洋戦争でまっぴらのはずだが、その手伝いを間接的だがアメリカにしている。それも現政権で終わりにしたいものだ。
  なにはともあれ、国連がやっとまた機能しだしたというこだと思う。
posted by ぐんぐん at 06:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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